アロンソが最初のタイトルを手にしたのは2005年、24歳のときだった。当時の最年少チャンピオン記録を更新し、翌2006年も連覇する。ルノーのマシンで、ミハエル・シューマッハが築いた時代に終止符を打った、と言われることもある。
だが、その先の道のりは平坦ではなかった。
2007年、彼はマクラーレンへ移る。新人のルイス・ハミルトンと激しく競い合い、ふたりは同じポイントでシーズンを終えながら、タイトルは1ポイント差でキミ・ライコネンに渡った。2008年からはルノーに戻り、2010年から5年間はフェラーリで走る。このフェラーリ時代に、彼は3度、チャンピオン争いの2位に入った。2010年と2012年は最終戦までタイトルを争い、ほんのわずかな差で届かなかった。
「あと少し」が、何度も繰り返された。ドライバーの評価は結果で決まる。ただ、あの時期のアロンソが速かったことは、当時を観ていた人の多くが認めるところだろう。問題は、速さだけではタイトルに届かないという事実だった。
いったんF1を離れて、別の場所で走る
2018年、アロンソはF1から離れる。37歳。ふつうなら、そこで物語は終わる。
彼の場合は、そこから別の章が始まった。ル・マン24時間レースに挑み、2018年と2019年に連覇。世界耐久選手権のタイトルも獲る。デイトナ24時間も制した。2017年にはインディ500に出場し、終盤までトップを走りながらエンジン故障でリタイアしている。2020年にはダカール・ラリーにも参戦した。
これらは引退後の道楽ではない。まったく違うマシン、まったく違うレースの作法に、本気で適応しようとした記録だ。サーキットを回るF1と、砂漠を何百キロも走るラリーとでは、求められる技術がまるで違う。それを40歳前後にして、一から覚え直そうとした。
この時期のアロンソを見て、多くの人が気づいたことがある。この男が欲しがっているのは、タイトルそのものではなく、走ること自体なのではないか、と。
戻ってきた場所で
2021年、アロンソはF1に戻る。アルピーヌでの復帰だった。その年、ハンガリーGPで優勝する。2013年以来、8年ぶりの勝利だった。
2023年にはアストンマーティンへ移る。このシーズンが、彼の長寿を象徴する年になる。開幕から次々と表彰台に上がり、年間で8回。40代にしてドライバーズ選手権4位につけた。
若いドライバーと比べて、アロンソが明らかに長けているのは、レースの読みだ。タイヤをどう使うか、いつ仕掛けるか、どこでリスクを取らないか。彼はおそらく、このスポーツで最も「考えて走る」ドライバーのひとりで、その力は年齢とともに落ちるどころか、研ぎ澄まされていった。
経験という、数値にならない武器
F1では、若さが絶対的な価値のように語られる。反応速度、体力、思い切りのよさ。それらが若いドライバーの強みであることは間違いない。だが、レースは反応速度だけで決まるものではない。70周という長い時間のなかで、何を選び、何を耐え、どこで勝負に出るか。その判断は、経験でしか身につかない。
アストンマーティンがアロンソと複数年契約を結び、2026年の規則変更に向けて準備を進めているのは、彼が速いだけでなく、チームに何をもたらすかを理解されているからだ。新しいパワーユニット、新しい空力。大きな転換点では、20年以上F1を見てきたドライバーの一言に、データだけでは測れない価値がある。
3度目のタイトルを獲れるかどうかは、わからない。ただ、それを獲れなかったとしても、彼のキャリアの意味は変わらない。
それでも、彼はグリッドにいる
2025年のグリッドには、アロンソがF1デビューした2001年より後に生まれたドライバーが何人もいる。彼らにとって、アロンソは映像のなかの伝説ではなく、目の前で走る先輩だ。
スポーツの世界では、引き際が美徳とされることがある。全盛期を過ぎたら退く。それが敬意の示し方だと。
アロンソはその考え方に与していない。40代になっても、勝てるかどうかわからないマシンに乗り、ときに予選で敗れ、ときに表彰台に上がる。その姿は、記録の更新としてではなく、ひとつの姿勢として残る。
速さは、いつか必ず衰える。それでも走り続ける理由を、この男はずっと持ち続けている。それが何なのかは、本人にしかわからない。ただ、その理由が尽きないかぎり、来年もアロンソはグリッドにいるのだろう。