小学生の時、遠足の代わりに劇場に連れて行かれ、初めて生のミュージカルを見た記憶はないだろうか。暗転した舞台から流れてくる生の歌、躍動する踊り、役者の表情ひとつひとつに圧倒され、いつの間にか2時間が過ぎていた――そんな「初めてのミュージカル体験」の主役になっていることが非常に多いのが、劇団四季の作品だ。
ミュージカルは元々欧米発祥の芸術形態で、日本に伝わった当初は一部の愛好家が楽しむ「敷居の高い娯楽」というイメージが強かった。それを今や国民的な娯楽にまで押し上げた立役者のひとりが劇団四季だ、と言っても過言ではない。
東京や大阪の専用劇場での長期公演だけでなく、地方都市へのツアー公演を毎年全国で展開し、小中学校向けの教育公演も数十年にわたって続けている。敷居を下げるための工夫は価格設定にも現れていて、学生割引や家族向けのチケットプランを充実させ、「数万円出さないと見られない」というミュージカルの固定観念を崩してきた。
その結果、「週末に何をする?」という選択肢の中に、「劇団四季の公演を見に行く」が自然と入るようになった。誕生日のお祝いだけでなく、休日の昼下がりにふらりと見に行ったり、地方に住む祖父母を招待して家族で見に行ったりと、人々の生活の中に公演が溶け込んでいる。
もちろん批判がないわけではない。「作品が標準化されていて個性がない」「商業主義に偏りすぎて芸術性が低い」という声は以前から上がっている。確かに劇団四季の公演は、同じ作品ならどの都市で見ても、誰が主演を務めても、一定以上のクオリティが保たれるように厳しく管理されている。だがその標準化があるからこそ、地方に住む人がわざわざ東京に遠出しなくても同じ品質の作品を楽しめる、というメリットも生まれているのだ。
新型コロナウイルスの流行でエンターテイメント業界全体が大打撃を受けた時も、劇団四季はいち早くオンライン配信を導入し、客席の間隔を空けた公演を再開するなど、「人々に娯楽を届ける」という原点を忘れなかった。流行が落ち着いてから最初に行った地方公演では、3年間待ちわびた観客が劇場に詰めかけ、終演後に涙する人の姿が多数報道されたのも記憶に新しい。
最近は2.5次元ミュージカルが若者を中心に人気を集めたり、小劇場での実験的な作品が話題になったりと、ミュージカルシーンは多様化している。そんな中で劇団四季が70年以上にわたって人々に愛され続けているのは、「芸術は特別な人だけのものではない」という信念を貫いてきたからだろう。
高級なレストランでの食事も良いが、誰もが好きな時に気軽に食べられる定食屋が街に必要なのと同じだ。良質なエンターテイメントを誰もが等しく楽しめる機会を作り続けること。それが劇団四季が長年にわたって日本の文化に刻み込んできた、大衆芸術の本来の姿なのかもしれない。
劇団四季の長寿の秘密は、「特別な娯楽」を「日常の選択肢」にしたことだ
Source: HotArticle
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