巡査とは、日本の警察官に設けられた9段階の階級のうち、最も下に位置する階級です。交番に立つ警察官や街をパトロールする警察官の多くがこの階級であり、警察組織の最前線を支える基盤といえます。ニュースや刑事ドラマで「巡査」という言葉を耳にする機会は多いものの、階級制度の中でどの位置にあるのか、どうすれば巡査になれるのか、その後のキャリアはどうなるのかを正確に理解している人は意外と少ありません。この記事では、巡査の意味から採用の流れ、仕事内容、給与、昇進までを整理して解説します。
警察官の9階級と巡査の位置づけ
日本の警察官の階級は、国家公安委員会規則「警察官の階級に関する規則」によって次の9階級に定められています。
巡査 → 巡査部長 → 警部補 → 警部 → 警視 → 警視正 → 警視長 → 警視監 → 警視総監
巡査はこの最下級にあたります。ただし「最下級=下っ端」というニュアンスとは少し異なり、警察官は原則として全員が巡査からキャリアを始めます。警察庁の国家公務員採用(総合職)で入庁した一部の人を除けば、都道府県警察の警察官は採用後、まず巡査として任用されるのが標準的な流れです。
階級は制服の肩章(階級章)でも判別できます。巡査部長は1本線、警部補は2本線、警部は3本線が入りますが、巡査には線が入らない無地の肩章が用いられます。つまり肩章に何もないからといって新人とは限らず、長年の経験を積んだベテランが巡査のまま現場に立っているケースも珍しくありません。
なお、警視正以上の階級は国家公務員としての位置づけになり、人事が国家レベルで管理されます。巡査から警視までの階級は都道府県の地方公務員です。巡査は警察組織の土台でありながら、階級制度の下限にあって初動対応のすべてを担う、現場力の中核をなす存在です。
警察官の大多数を占める階級
巡査の特徴は、その人数の多さにあります。警察官全体に占める巡査の比率は8割を超えるとされ、警察組織の圧倒的多数が巡査で構成されています。パトカーや交番、警察署の各課で実際に事件や事故に対応しているのは、この巡査の層です。
巡査という言葉自体は、「巡る」と「査察する」という漢字が組み合わされたもので、街を巡回し、状況を見極め、異常を見逃さない役割を表しています。明治時代に近代警察制度が整えられた際から用いられてきた歴史ある階級で、戦後の警察法体系のもとで現在の位置づけに落ち着きました。
街で警察官を見かけたときに「おまわりさん」「お巡りさん」と呼ぶ習慣がありますが、これも巡査が街を「回り」巡回することに由来すると言われています。巡査が市民生活に最も近い存在であることを、言葉が如実に物語っています。
巡査になるには?採用試験から警察学校まで
巡査になるには、勤務を希望する都道府県の警察官採用試験に合格する必要があります。都道府県警察の警察官は地方公務員であり、東京都であれば警視庁、その他の府県では各道府県警察本部が採用を実施します。
採用試験は多くの都道府県で、大学卒業程度を対象とする区分と、高校卒業程度を対象とする区分に分かれています。呼び方は自治体によって異なり、A日程・B日程やI類・II類などといった名称が使われます。試験は教養試験(筆記)に加えて、体力検査、面接、身体検査などが課されるのが一般的です。近年は採用競争の激化を踏まえ、筆記試験の比重を下げて人物重視の選考に移行する自治体も増えています。
合格後は警察学校に入学し、初任科と呼ばれる初任者教養を受けます。期間は都道府県や採用区分によって異なり、おおむね数ヶ月から10ヶ月程度。法学や警察実務の座学に加え、逮捕術や剣道道場訓練、敬礼や警察手帳の取り扱いといった実務訓練が行われ、多くの学校では寮生活を送ります。途中には現場実習が組み込まれ、交番や警察署で実際の勤務を経験したうえで卒業となります。
卒業後は警察署に配属され、いよいよ巡査としての実務が始まります。最初の配属は地域課(交番やパトロール)が多いものの、自治体や本人の希望、適性によって交通、刑事、生活安全などの各部門に分かれます。
巡査の実際の仕事内容
巡査の仕事は部門によって大きく異なります。代表的なものを整理すると次のとおりです。
- 地域警察:交番勤務、街頭パトロール、パトカーによる巡回連絡。迷子や道案内、空き巣被害の相談対応など、住民との接点が最も多い業務
- 刑事部門:事件の捜査、被疑者の取り調べ、証拠収集。殺人や窃盗などの刑事事件に対応
- 交通部門:交通取り締まり、交通事故の現場処理、交通問題の相談対応
- 生活安全部門:少年の非行防止、風俗営業や無店舗販売などに関する事案への対応
- 警備部門:要人警護、大型イベントの警備、災害派遣など
110番通報を受けて最初に現場に駆けつけるのも、ほとんどの場合、巡査や巡査部長クラスの警察官です。事件の初動捜査、現場の確保、関係者への事情聴取といった一連の対応は、階級制度の最下層にいる巡査たちの日常業務でもあります。組織の上層部が方針を定めるのに対し、巡査はそれを現場で実行し、市民の生命と財産を直接守る役割を担っているのです。
給与と処遇はどうなっているか
巡査の給与は、勤務する都道府県の地方公務員給与制度に基づいて決まります。基本給に加え、期末・勤勉手当(ボーナス)、超過勤務手当、地域によっては住居手当や通勤手当などの諸手当が支給されます。警察官には警察職員特別手当と呼ばれる独自の手当が上乗せされ、夜間勤務や事件対応の残業が多い職種であるため、超過勤務手当が収入に占める割合は大きくなりがちです。
年収額は自治体の財政状況や年齢、勤続年数によって幅がありますが、手当を含めた実収入は同年代の一般の地方公務員と比べて高めの水準になりやすいとされます。一方で、交代勤務や休日勤務、長時間の残業が伴う仕事であり、労働時間の観点からは決して楽な職種ではありません。近年は働き方改革の一環で、残業時間の抑制や休暇取得の促進に取り組む警察本部も増えています。
巡査から次の階級へ:昇進の仕組み
巡査の次の階級は巡査部長です。巡査部長への昇任は、多くの都道府県で昇任試験(筆記試験・論文・面接など)の合格と、勤務成績などによる選考を組み合わせて決められます。勤続年数の要件は自治体ごとに異なりますが、おおむね10年前後の勤務経験が目安とされることが多く、早い人では20代後半から30代で巡査部長に昇任します。
近年は若手の早期育成を掲げ、昇任試験の機会拡大や選考方法の見直しを進める警察本部もあります。その一方で、管理職としての責任が増すことを理由に昇任を希望しない人も一定数おり、巡査のまま現場一筋で活躍するベテラン警察官の存在も組織として認められています。
その先のキャリアは、巡査部長から警部補への昇任試験(警部補昇任試験)、警部補から警部への昇任と続きます。警部クラスになると係長級の管理職としての役割が加わり、警察署の課長級にあたる警視以上は、一部の限られた人だけが到達できる階級となります。
巡査について誤解されやすいポイント
巡査に関してよくある誤解をいくつか整理しておきます。
まず、「巡査=警察官の総称」ではありません。階級名のひとつであり、巡査部長や警部補などの上位階級の警察官は「巡査」ではありません。ニュースで逮捕された警察官が「巡査」と報じられるのは、最も人数が多く、最も下の階級だからです。
次に、巡査は「新人」を意味する言葉ではありません。採用直後の巡査もいれば、30年以上の経験を積んだ巡査もいます。階級は役職ではなく身分の等級であり、経験年数だけでは自動的に上がるものではない点に注意が必要です。
また、刑事ドラマでは警部や警視クラスが事件を直接解決する場面が描かれがちですが、実際の初動対応や基礎的な捜査を担うのは巡査・巡査部長層です。階級が高くなるほど管理や調整の業務が増えるのが実態です。
まとめに代えて
巡査は、警察官の9階級の最下級でありながら、全警察官の8割以上を占める、警察組織の実質的な主力です。交番に立ち、110番に駆けつけ、事件の初動に当たるのはこの階級の警察官です。都道府県の採用試験と警察学校を経て誰もが巡査からスタートし、昇任試験と選考を経て巡査部長、警部補へとキャリアを積んでいきます。警察官という職業を考えている人にとっても、ニュースやドラマをより正確に読み解きたい人にとっても、巡査という階級の位置づけを知ることは、日本の警察という組織を理解する第一歩になります。