日本を象徴する富士山は、美しい円錐形の姿とは裏腹に、約60万年前に活動を始めた活火山である。1707年の宝永大噴火以来300年以上噴火がなく、静穏な休眠状態が続いているが、火山学者の間では「いつ噴火してもおかしくない」という認識が共有されている。富士山噴火について、歴史的な経緯や最新の監視体制、万が一の噴火時に想定される影響について整理してみたい。
富士山の火山活動の歴史
富士山の火山活動は、大きく「古富士」と「新富士」の2つの段階に分かれる。
古富士は約70万年前から約10万年前まで活動し、大量の溶岩を噴出しながら現在の山体の基礎を形成した。その後、約1万年前に活動を再開した新富士が、現在見られる山体を作り上げた。この新富士の活動の中で、歴史時代に確認されている噴火は、文献記録によれば延暦19年(800年)の噴火以降、累計10数回に及ぶとされている。
特に記憶に残すべきは、貞観6年(864年)の噴火と宝永4年(1707年)の噴火である。
貞観6年の噴火では、北西麓から大量の溶岩が流れ出し、富士山北側の広大な原野を押し広げた。これが現在の「青木ヶ原樹海」の前身となった溶岩流であり、当時は大量の溶岩が西湖と精進湖を分断したと伝えられている。
そして1707年12月、江戸からわずか100kmほど離れた富士山南東斜山腹で、宝永大噴火が発生した。火口から大量の火山灰と軽石が噴出し、南東方向に降り注いだ。噴出物の総量は約7億立方メートルに達したと推定されており、当時の江戸市街にも火山灰が降り積もった記録が残っている。噴火の原因は、噴火の49日前に発生した宝永地震(M8.6程度)との関連性が指摘されているが、明確な因果関係は科学的に確定されていない。
現在の富士山の状態
宝永噴火以降、富士山は約300年以上にわたって噴火していない。しかし、この長期の静穏は「火山活動が終わった」ことを意味するわけではない。
気象庁は、国内の活火山すべてを24時間体制で監視しているが、富士山は2000年代初頭に異変が観測されたことで、監視体制が大幅に強化された。
2000年から2001年にかけて、富士山周辺で低周波地震が頻発した。低周波地震とは、火山の内部でマグマや火山性流体の移動に関連して発生する特殊な地震で、噴火の前兆現象として知られている。これを受けて、気象庁は2001年に富士山を火山噴火予知連絡会の「重点観測対象火山」に指定し、火山性微動や地殻変動の監視、地下構造の調査を本格化させた。
また、富士山の北麓に位置する富士吉田市では、2000年代から2010年代にかけて、地震計やひずみ計、地下水位の監視装置などの観測網が拡充された。国土地理院によるGPS観測では、富士山周辺の地殻変動が継続的にモニタリングされている。
現時点では、噴火を示す明確な前兆現象は観測されていない。2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の後には、富士山周辺に揺れの影響が及んだ可能性が一部で議論されたが、噴火に直結するような異常は確認されていない。
万が一の噴火時に想定される影響
仮に富士山が噴火した場合、その規模や噴火のタイプによって影響は大きく異なる。国立研究開発法人防災科学技術研究所が2004年に公表した「富士山火山防災マップ」(2020年に改訂版が発表)や、中央防災会議の検討結果をもとに、主要な被害想定を見てみよう。
溶岩流
富士山の噴火では、火口の位置によって溶岩流の到達範囲が変わる。南東側の山腹に火口ができた場合、溶岩は御殿場方面へ流れ下る可能性がある。北西側に火口ができた場合、過去の貞観噴火と同様に、青木ヶ原方面や精進湖方面に溶岩が流れることが想定される。
溶岩流は時速数kmから数十kmと比較的ゆっくり移動するため、人的被害を避けることは可能とされている。ただし、進行方向の建造物やインフラは甚大な被害を受ける。
火山灰
噴火の影響で最も広範囲に被害が及ぶのは火山灰である。宝永噴火と同程度の噴火が起きた場合、風向きによっては首都圏に大量の火山灰が降下する。火山灰が数mm積もるだけでも、航空機の運航停止や鉄道の運行停止、道路交通の遮断が発生する。さらに数cm単位で降灰した場合、電力供給網の短絡や停電、水道管の詰まり、建物の屋根への重量負荷など、都市機能が広範囲に麻痺する恐れがある。
首都直下地震との複合災害についても、複数の防災機関が検討を重ねている。首都圏で大地震が発生した直後に富士山が噴火した場合、避難の混乱や救援活動の困難さが増大し、被害がさらに拡大する可能性がある。
火山泥流(ラハール)
噴火時に山頂付近に積もっている雪や氷が、噴火の熱で急速に融解すると、大量の泥水が一気に流れ下る火山泥流(ラハール)が発生するリスクがある。宝永噴火の際、山頂には雪が積もっていたと考えられており、同様の条件で噴火が起これば、富士山の北側や南側の渓流を伝って泥流が押し寄せる可能性がある。
災害に備えた取り組み
富士山の噴火リスクに対して、国や地方自治体は各種の備えを進めている。
2020年3月、中央防災会議の「富士山火山寳害対策検討ワーキンググループ」は、約300年ぶりに改訂された富士山のハザードマップ(火山防災マップ)を公表した。このマップでは、噴火のシナリオごとの被害想定が詳細に示され、各自治体の防災計画策定に活用されている。
富士山の山体には、静岡県側、山梨県側を合わせて70以上もの登山道があるが、噴火警戒レベルに応じた入山規制の仕組みが整備されている。気象庁は2015年から全国の主要火山について噴火警戒レベルを5段階で発表しているが、富士山はそれまで噴火警戒レベルの対象外だった。2020年のハザードマップ公表を受けて、富士山に対しても噴火警戒レベルの導入が検討され、2023年3月から富士山にも噴火警戒レベルが適用されるようになった。
各自治体では、避難計画の見直しや住民への啓発活動、避難訓練の実施が行われている。また、火山灰対策として、浄水場への防塵設備の整備や、送電線の絶縁性能の向上など、インフラ面での備えも進められている。
個人レベルでできる備えとしては、まず自宅や職場がどの噴火影響範囲に位置しているかを確認しておくことが重要だ。火山防災マップは気象庁や各自治体のウェブサイトで閲覧できる。さらに、非常用の食料や飲料水の備蓄に加え、火山灰対策として防塵マスクやゴーグルを用意しておくと有効だ。
富士山噴火の科学的監視は今後も続く
富士山は日本の文化や景観にとって欠くことのできない存在だが、同時に巨大な活火山でもある。噴火の時期や規模を正確に予測することは、現在の科学技術をもってしても不可能に近い。しかし、継続的な監視と適切な防災対策を積み重ねることで、被害を最小限に抑えることは十分に可能だ。
富士山の火山活動は数千年から数万年というスパンで見ると、噴火と静穏を繰り返してきた。現在の300年の静穏期間は、富士山の長い活動史の中では決して異例の長さではないが、だからといって安心はできない。火山学者が繰り返し指摘しているように、富士山は「噴火する準備ができている」状態にあると理解しておきたい。