ピッツバーグとミルウォーキー。ともに中西部の労働者の街として知れるこの二つの都市は、野球の世界でもまた、派手さとは無縁の地味な闘いを続けてきた。カージナルスやカブスといった伝統の巨人がひかりを放つNL中地区において、パイレーツとブルワーズの対戦は、しばしば脇役に追いやられてきた。だが、このカードを注意深く見つめる者には、そこに流れる独自の緊張と物語性が見えてくる。
中地区の底流で脈打つもの
パイレーツとブルワーズの対戦が本格的に始まったのは、1998年にブルワーズがアメリカンリーグからナショナルリーグへ移籍してからだ。それ以前、両チームが同じリーグで顔を合わせすらなかった時代があることを思えば、この「中地区のライバル関係」はまだ若い。
それでも、この二十数年の間に蓄積されたドラマは少なくない。とりわけ2010年代、両チームが同時期に再建期を脱し、ポストシーズン争いに加わるようになってから、対戦の意味合いは明らかに変わった。2013年から2015年にかけて、パイレーツがアンドリュー・マカッチェンを中心に怒涛の攻撃野球を展開していた時期、ブルワーズもライアン・ブラウンやカルロス・ゴメスの活躍で地区優勝を争った。両チームがともに勝利への飢えを見せていたあの数年間の対戦は、今思えば、このカードの黄金期だったと言えるかもしれない。
球風の対照——足と長打力の攻防
この対戦が面白いのは、両チームの球風にしばしば対照的な特徴が表れることだ。
パイレーツは伝統的に足を使う野球を好む。PNCパークの広い外野は、スピードを武器とする選手にとって天然の味方だ。一方のブルワーズは、アメリカンファミリー・フィールドの打者有利な環境もあってか、長打力を軸とした攻撃に魅力がある。チーム構成は時代によって変遷するが、この「足と長打力」という対照は、両チームの対戦に一種の棋士のような駆け引きを生む。
投手陣の構え方も変わってくる。パイレーツの投手がゴロを打たせることに執心するのは、足の速い相手に塁を回らせないためだ。ブルワーズの投手が空振りを奪うことに注力するのは、長打を許せば一発で試合が壊れる恐怖があるからだ。互いの強みを封じようとする戦術の応酬は、地味だが実に味わい深い。
小市場の共闘と競争
もう一つ、この対戦に独特の重みを与えているのが、両チームがともに「小市場」に属する球団であるという事実だ。ピッツバーグとミルウォーキーは、ニューヨークやロサンゼルスのような莫大な放映権収入を持たない。フリーエージェント市場で最大契約を提示することも難しい。だからこそ、両チームはファームの育成、トレードの妙、データ分析による効率的な戦力構築に知恵を絞る。
その結果、似たような制約の中で似たような戦い方を強いられながら、一方が勝てば他方が割を食うという皮肉な関係が生まれる。地区内での直接対決は、単なる一敗一勝以上の意味を持つ。限られた資源で戦う者同士の、静かなるマウントの争いだ。
近年の変容とこれから
ここ数シーズン、両チームはそれぞれ異なる段階にある。ブルワーズはクリスチャン・イエリッチの低迷やコービン・バーンズの離脱など曲折を経ながらも、デビッド・スターンズ体制で培った農場の厚みで安定した競争力を保ち続けている。パイレーツは長い暗黒期を経て、ワン・ブライアン・レイノルズやポール・スキーンズといった新たな核をようやく得た。
スキーンズの登場は、パイレーツにとって長らく欠けていた「エース」の復活を意味する。彼がマウンドに立つブルワーズ戦は、これから数年間、中地区の注目カードになるだろう。一方、ブルワーズも若手投手陣の台頭が著しく、ジャクソン・ショートやフレディ・ペラルタとの投げ合いは見応えがある。
派手さのない闘いにこそ
パイレーツ対ブルワーズ。全米のスポーツ番組がトップで扱うようなカードではないかもしれない。ダグアウトからバットが飛ぶような激情の衝突も、歴史に残る乱闘の記憶もほとんどない。
だが、162試合の長い旅路の中で、こうした地味な対戦の積み重ねこそが順位を決める。中地区の優勝争いは、大抵の場合、こうした直接対決での取りこぼしの有無で明暗が分かれる。派手さのない闘いにこそ、本当の強さが問われている。
ピッツバーグの川風とミルウォーキーの湖風。二つの街の呼吸が交差するグラウンドで、また静かで熱い試合が始まる。